淡き光の野辺に





「銀ちゃーん、何してるアルーー。折角奢りで肉食えるのにーー早く行かないアルかーー。」


神楽の声にハッとした俺は其の場から駆けだす。


「わりぃわりぃ。ちょっと想い出に浸っててよぉ。」


片手を挙げて詫びると少し先で立ち止まっている皆の元へと向かっていった。





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息が上がる。
喉が張り付く様に乾ききり、肺はヒューヒューと悲鳴を上げている。
だが足を止める事は出来ない。

止まる事は即ち死を意味するから。

背後から迫る殺気を帯びた気配。
天人に追われ必死で道無き道を走り続ける。

既に散り散りとなった隊。
戦場からそれぞれが生き延びる為、四方へと退路を見つけて駆け出した。

奴らをまく為俺が選んだのは背丈を越す程に生えた雑草の中。
片手で奴の腕を握り、もう片方の手で立ち生えた草を掻き分け。
無我夢中で進んでいく。

戦いで受たであろう傷も走り詰めの足も、痛みをとっくに通り越し既に感覚が無い。
焼け付きそうな喉の感覚と握りしめた腕から伝わる奴の重みだけがやけに鮮明で。

泣き出しそうな恐怖に追われながら、後ろを振り向く事も出来ずに必死に駆けていった。





どの位走り続けただろう。
息も出来ぬ程の苦しさと虚脱感に身体を支配され…遂に俺は其の場に崩れ落ちた。

もう…駄目か…。

俯せに倒れ込んだ姿勢の儘で強く目を閉じる。

だが、敵が襲い来る様子は無い。

恐る恐る瞼を開くと明るかった筈の景色は薄闇の中。
目の前には夕空が広がっていた。


「綺麗じゃなぁ、銀時。」


横手から乱れた呼吸音に混じった辰馬の声。
苦しげな息とは裏腹に晴れやかな程明るい調子。

奴の声で俺はやっと今の状況を知った。


そっか…俺達…助かったんだな……。


スウッと息を吸い込むと大きく長い溜息を吐き出す。

安堵の為に痛覚が戻ったのか、急に全身が痛み出した。
特に足の裏がジンジンと痛んでいる。

其れは辰馬も同じ様で、ほぼ同時に「痛てて……」と声が洩れた。


くっくっ。


おかしくなって吹き出すと辰馬も声を上げて笑う。
あっはっはっはっはっはっ。
腹の底から笑いながら見上げた星空が……何だかボンヤリ滲んで見えた。



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さやさやと葉擦れの音。
ひんやりと冷たい風。
疲れた身体に妙に心地良くて…俺は暫く微睡んでいた。

ああ…そういやぁ走り詰めで……。
未だ思考のハッキリしない頭で先程迄の事を反芻する。

うっすらと瞼を開けると辺りは真っ暗。
焦点が徐々に合い始めた視線の先には満天の星空。
天の川が横たわっているのが見える。

……どの位其処で転がっていただろう。
知らずに眠っていたのか。
何れ敵が追ってくるかも知れねぇってのに…結構図太いな俺。

暢気に考えていると横手から誰かが話し掛けて来た。


「目ぇ覚めたかや?」


聞き慣れた声。
視線を移せば其処には黒い人影が腰を下ろしている。
闇に慣れた目にうっすらと見える顔。


「テメェ…頑丈だな。」


軽く鼻で笑うと其奴に悪態を吐いた。


何だ…辰馬の野郎、もう起きてやがる。
ホント頑丈だよ。

痛む身体を騙し騙しに起き上がると俺は苦笑いした。


「あっはっはっはっ、おんしとは鍛え方が違うけぇわしは丈夫なが。」


言ってはいるが其の笑い声には何時も程の力が無い。
まぁ…当然といえば当然なんだが。
もしかして、寝ている俺に気ぃ使って見張りに立っててくれてたのか…?
何だよ…ちょっと格好悪いじゃねぇかよ俺。


バツが悪いのを誤魔化す様に両腕を天に上げる。
大きく伸びをすると、よっこいしょっと俺は其の場から立ち上がった。
此の儘寝ていてもしょうがない。

未だ身体は痛んだがこんな所で野宿するには未だ季節的に厳しいしな。


「取り敢えず水でも探そう。それから…寝るとこも探さねぇとな。」


声を掛けると「ああ」という返事。
奴も、よっと掛け声をかけ其の場から立ち上がる。

パンパンっと軽く着物の汚れを払うと、俺達は痛む足を引きずりつつ共に草原を進んで行った。




暫く進んで居ると、不意に何かが俺の横を過ぎて行く。
緩やかにふわふわと。

仄明るい光の玉。

何だ?

怖いものが苦手な俺は一瞬動きが止まった。
まさか…そんな筈は。
脳裏に過ぎった考えを振り払う様に頭を左右に振る。

膨らみそうになる想像に再び歩き出すと知らず急ぎ足に…。

いやいやいや、あれはホラなんだ。

頭の中でグルグルと思考が巡り、自分を誤魔化す為の言い訳を必死に探す。


と…そんな俺を止める様に辰馬が袖を引っ張った。


「なぁ…銀時あれ…。」


顰めた声…視線は俺の丁度右手側辺りに固定されている。

何見てんだよ…。

恐怖を気取られぬ様にゆっくりと視線を向けた。
すると其処には…。


光の乱舞。


無数の鮮やかな蛍光グリーンの光が草原の上をふわりふわりと舞っている。


「……蛍じゃ…銀時。」


相変わらず顰めた儘だが嬉しそうな辰馬の声。

話には聞いていたが初めて見た…。
そうか此が…。

生き物の光とは思えない程鮮やかで明るい。
何千といるであろう其の光りに俺達は暫し目を奪われた。
足が痛むのも忘れ暫し其の場に佇む。



「なぁ…銀時、蛍がいるっちゅう事は近くに小川があるんじゃなかか?」


不意に呟いた辰馬の言葉。
そうか…蛍ってのは小川の近くに住んでんだよな確か。

改めて周囲を見回すと少し離れた所にこんもりとした闇。
小さな森の様だ。

互いに視線を合わせて頷くと森へと向かって足を進めた。
急に喉の渇きを想い出し気持ち早足になる。


森の側に着くと其の際に帯の様に蛍の灯りが続いていて、確かに其処に小川がある事を示していた。
…嘗ては水田用の用水路だったのだろうか。

何にしろ水があって良かった。

辰馬と俺は其の場に屈むと浅い小川へ両手を突っ込んだ。
ひんやりとして気持ち良い。
掬い上げた水をゴクゴクと喉を鳴らして飲むと、乾いた喉と空腹の腹に染みこむ様に冷たい水が流れていく。

水ってこんなに美味かったっけ…。



喉を潤すと今度はザブザブと顔を洗った。
続いて痛みに熱を持った足を浸す。

二人並んでくるぶし程の水かさの小川に足を浸しながら大きく溜息。


「あーーーー生き返るーーー。」


生き延びたという実感が改めて込み上げて来て…俺はわざと大袈裟に呟いた。
呟きながら頭上に視線を移す。

………。

何だ此……。
思わず横にいる辰馬に視線を向けた。
辰馬も同じ様に頭上に視線を留めている。
嬉しそうな表情。


「銀時ーー凄いのぅ。星が集まったみたいぜよ。」


其処にはイルミネーションの如く輝く一本の木。
沢山の蛍達が集まっているのだ。


「凄いのぅ。こんな風に星に手が届くと良いのに。」


辰馬が嬉しそうな顔で星を掴む様に両手を天に伸ばす。

無数の蛍に煌々と輝く木の下。
何時もの如く始まった奴の話を俺は黙って聞いていた。

ずっとこんな時間が続けば良いのにと願いながら。



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蛍の様に輝く蛍光グリーンの灯りが散りばめられた街路樹。
皆と歩きながらも、ちらと視線を向けてはあの日の事を想い出す。


そういや…あん時以来見る事無かったなぁ。
今はあの場所が何処かも分からねぇし。


アイツは覚えているんだろうか……。


旅立った儘連絡一つ寄越さぬ男を想い…俺は宙を見上げた。
薄ボンヤリとしか見えぬ星空。

其の何処かに今も無事にいる事を祈って。







此の間蛍を見に行ってからずっと
書きたかった話なのです。

あの風景を上手く表す文章力が無くて、
何だか陳腐な表現になってしまった。

何かちょっと悲しいですTT