秋の錦は野を染めて



夕日に染まる紅葉の野。
こんな日は過ぎた日に想い巡る。




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人里から離れた雑木林の中に建つ一軒の古家。
針葉樹の濃い緑と広葉樹の茶や黄色、そして紅葉の紅に彩られた其の庭先に張り出た縁側。
長年の風雨でか…板の浮いた縁側に無言で佇む2つの人影。

一人は長い髪の人物。
一人は肩までの髪の人物。

年の頃は10代半ばといった所か。
二人はもう半時程も硬い表情で何を語るでも無く。

長髪の人物、桂小太郎はその性格を表す様にキッチリと背筋を伸ばし。
もう一人の人物、高杉晋助は縁側に片膝を立てた姿勢で。
数尺程か…少し距離を置いた場所にそれぞれ腰を下ろしている。

辺りはもう黄昏時。
ひんやりとした秋風が庭先から縁側、開け広げられた部屋の障子戸を抜けていく。
さほど着込んでいる風でも無い二人には少々冷気が染みようというもの。
しかし微妙に張り詰めた空気を孕んだまま、二人はただ無言で其の場に身を置いていた。



始まりは些細な事だった。
元々戦況の芳しく無い戦いの日々。
切っ掛けさえ有れば直ぐにでも言い合いや罵り合いは日常茶飯事で。
特に小太郎と高杉は売り言葉に買い言葉という展開になり易く、何かといえば小競り合いを繰り返していた。
別段仲が悪いという訳ではない。
仲が良いからこその歯に衣着せぬ言い合いなのだったが…。

そんな日常の良くある光景。

一度始まってしまえば、互いにその状況をどうする事も出来ず。
いや、出来ないのでは無く自分からこの状況を打開する為に動く事が何だか癪で。
何時も何時も意地を張り続け…。
結局今日も今日とて何時もと同じく。
意地の張り合いをしたまま、この寒空に吹きっ晒しの縁側で居続ける結果となったのだった。

膠着した状態。
「向こうが折れれば良い物を…」
チラリと相手を見遣りながら腹の中で悪態を吐く。
意地を張ったまま変わる筈の無い状況を正直二人は持て余していた。



更に幾分かの時間が過ぎた頃だろうか。
不意に耳に入った足音。

どたどたどた。

特徴のある足音が古家の奥から段々と此方へ近付いて来る。
二人は足音の人物に心当たりが合った。
心当たりと言うよりも此も又日常。
日々耳にする良く知った人物の移動する音。


どたどたどた。
がたん。
がらり。
どたどたどた。

廊下から部屋の障子を開け、人の気配と足音が間近まで近付いて来る。




足音は二人の座る丁度中間辺りで止まった。
誰かは解っている。
だが敢えて振り返る事はせず。
相変わらず庭へと視線を向けたままの、仏頂面の小太郎と高杉。

「おう、おんしら。こげぇな所で何しちゅうがかぁ?」

二人の今の状況を知ってか知らずか、背後の人物は明るい調子で声を掛けた。
特有の土佐訛り、少し語尾の上がった和やかな声。
声の主は坂本辰馬。
癖の強い髪にひょろりとした長身の人物。
常に苦しい戦いに身を置く攘夷志士の中にあって、何時も明るいムードメーカー的存在。


「別に…」
「何でも無い」

先に高杉が、続いて小太郎が相変わらずの仏頂面のまま。
チラリと視線だけ動かし、横手に立つ坂本に短く答える。

すると坂本が、さも可笑しそうに大きな笑い声をあげた。

「あっはっはっはっ、なんじゃおんしら。どう見ても何もないっちゅー感じじゃないじゃろう。
まぁた二人で喧嘩しちゅうがかぁ?…まっこと飽きんのぅ。」

坂本の楽しげな笑い声と訛りの強い言葉に場の空気が緩んでいく。
何時もの事なのだ。
なかなか素直で無い二人の喧嘩の仲裁役というか纏め役というか…。
そういう雰囲気を有耶無耶にしてしまう、爛漫なその性格。
坂本のそういう性格に元来生真面目な二人は何となく助けられていた。

二人の気が緩んだ事を察したのか、坂本は縁側に膝を付いて座った。
直後に二人の襟首に手を掛け、ぐいっと思いっ切り自分の方に引き寄せる。
予想外の行動に小太郎と高杉は変な姿勢で坂本の方へと身を捻った。

丁度中央に居る坂本の胸辺り。
ごつんと重い音を立てて二人の頭がぶつかる。

「何を……っ!」

声を揃えて唸る小太郎と高杉は直ぐに頭を離し坂本へと向き直る。
二人の顔の間に自分の顔を突っ込み、満面の笑みを浮かべる坂本。
長らく縁側で秋風に晒され、冷えた頬に当たる暖かい頬。
一緒に触れるふわりとした癖のある髪の感触も心地良い。

「なぁ、そろそろ陽ぃも暮れるきに飯にしようや。わしら腹ぁ減って死にそうぜよ。」

「わしら」という言葉。
言いながら顎と視線で坂本が背後を示す。
二人が振り返ると其処には、銀色の髪の飄々とした男。
坂田銀時の姿があった。
部屋の入り口の破れた障子戸に寄り掛かり、退屈そうな様子で縁側の成り行きを眺めている。

小太郎と高杉の二人は諦めた様に小さく溜息を吐いた。
と、襟首を掴んだ腕に力を入れ、坂本は二人をひょいと持ち上げる。
ちょうど中腰になる形で其の場に建つ二人。

「さぁ、一緒に行くぜよ。おんしら二人がおらんと始まらんきにぃ。」

にこにこしながらそう言うと中腰の二人を引きずる様にして、坂本は銀時のいる方へとゆっくり歩き始めた。
どたどたどた。
あの特有の足音を響かせて。

強引な様子に小太郎と高杉はワァワァと声を上げ悪態を吐いたがそれはあくまでもポーズで。
部屋一杯に差し込む夕日。
辺り一面橙色に染まった室内を抜け、敢えて渋々の態度を取りつつ其の場を引き上げていく。

これも又日常。
二人の意地の張り合いは、何時も坂本と銀時によって幕を閉じるのだった。





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古い武家屋敷。
ここは随分前に主を失い、代わりに攘夷党が隠れ住んでいた。

手入れされていればさぞ綺麗だっただろう。
木々の中に小さな池を設えた屋敷の庭。
それを望む縁側に佇む2つの影。

一人は例の一件で似蔵に髪を切られた桂小太郎。
もう一人(?)は何時も彼の側に付き従う謎の生物エリザベス。

二人は湯飲みを片手に、縁側に腰を下ろし庭を眺めている。
過去に思いを馳せていた小太郎は小さく溜息を吐いた。
嘗てのそれとは違う、静かで穏やかな情景。
あの日のように、秋深い庭は鮮やかな紅葉に色付いているけれど。

不意に落ちた紅い一葉が桂の足元へと、はらり静かに舞い落ちる。

「寒空に映える、暖かい色だな…。」

落ち葉から視線を揚げると、紅葉の木を見上げてしみじみと呟く桂。
その問い掛けに、湯飲みを手にしたままエリザベスも大きく頷く。


冷えた大地を覆い、錦の絨毯の様に広がる色とりどりの葉。
美しい景色を見詰めながら小太郎は遠い日々を又とりとめなく思い出す。

戦いに明け暮れてはいたが、仲間との繋がりを実感出来たあの日々を。


何故人は変わってしまうのか。
何故人は変わらずには居られないのか。

刃を合わせる事になった嘗ての盟友。
高杉への複雑な感情が胸の中で澱の様に沈んでいく。

「俺もまた…我知らず変わっているのだろうが……。」

小さく呟くと自嘲気味に微苦笑を浮かべ、小太郎は静かに瞼を伏せた。
過ぎた時に「もしも」は無い。
無いが……奴が離れていかなければ。
ずっと共に居たならば…今の未来は少しでも変わっていただろうか。
奴ならば高杉の暴走を止められたかも知れない。

4人でひと繋ぎだった。
坂本が離れる事で、その輪は断ち切れてしまった。

もう二度と戻る事は無いのだろう…。

違う道を歩いている友を思うと小太郎の胸はチクリと痛んだ。




ゆっくりと瞼を開くと目に飛び込むのは夕日と紅葉。
辺りを染める暖かな色。
夕日に思わず目を眇めながら小太郎は傍らのエリザベスに言葉を掛けた。

なあエリザベス。この庭を染める紅を見ていると、お前を連れてきた男を思い出さないか?」

暖かな色に包まれた庭園。
小太郎の問い掛けに大きく頷くと、紅葉を見上る様に顔を上げ。
白くて大きな謎の生き物は、冷えてしまったお茶を静かに飲み干した。



がっはー。(何か吐く音)
済みません脳内ストーリー展開で。
これ、書き始めの長編に関連ある話です。
桂小太郎の想い出の中の攘夷4…みたいな。
こう…彼の中で銀時とか坂本ってムードメーカー…みたいな。
勿論長い付き合いの銀時の事は単に明るいだけじゃないというか、
坂本とは違う視点を持ってると思うんですけど。
この4人って、4人でバランスとってた気がするですよ。

まぁ、3人ってのは割り切り悪いですしね。
全然違う性格の4人だからこそ上手くいくっていうか…。
そんな感じで。(^-^;