「色をも香をも知る人ぞ知る」


「ったく…頭に仕事して貰うんも一苦労じゃき…。」


ブツブツと悪態を吐きながら足早に頭の部屋へと向かう女一人。
其の手に…縦1m横50cmはありそうな、割れ物注意・天地無用と書かれた大きな荷物を持ち。

彼女の名は陸奥、快援隊のNO.2。
長い髪を靡かせながら部屋の前に来ると手に持った荷を下ろし、苛々とした調子の儘扉をノックした。


「頭ぁ、ちゃんと仕事しちゆうがか。」


中からは「おーっ。」という脳天気な調子の返事。
せっかちな陸奥は返事を待つ前に既にノブに手を掛けており、荷物を持ち直し其の儘室内へと入って行く。
後ろ手に扉を閉めると机の上の書類と格闘している坂本を見遣った。
ちゃんと仕事をしてるのか不安だったが、思いの外真面目にこなしている様子。
意外ではあったが、してるに越した事は無いと安堵の息を小さく吐く。


机から顔を上げた坂本。
陸奥が持ってきたモノに心当たりがあるのか、ぱぁっと表情が変わり書類を書く筆を止めた。
満面の笑み。


「おおー、来た来た。」


言って其の場からダッと立ち上がる。
真面目にやってたかと思えば直ぐそれだ。
子供の様な坂本の様子に憮然とした表情になった陸奥が、坂本と荷物の間を手で制して低い声で唸った。


「…席ば離れるなや。仕事が先じゃ。」


陸奥の言葉と態度に「おっ」となった坂本は、身体を前倒しに傾けた儘ピタリと静止した。
まるで魔法でも掛かった様に。
其の巫山戯た様な動きにハッと短く溜息を吐く陸奥。
全く…と口の中で小さく悪態を吐く。

陸奥の呟きを合図に動き出した坂本は苦笑いを浮かべながら頭を掻いた。

何時もの…八の字に眉根を寄せた苦笑い。


「まぁ取り敢えず…其の箱開けとうせ?可哀想じゃき。」


そう言うと今度はゆっくりとした動きで陸奥の傍らにある箱へと寄った。
何の事か解らぬのか怪訝そうな表情の陸奥が箱を見下ろす。


「生き物でも入っちょるがか?しかし……。」


箱の但し書きを見ても割れ物と書いてあるだけ。
更に表情を曇らせる。
坂本の新手の冗談かと思いつつ…しかし裏がある様で無い其の表情に絆されて、陸奥は箱へと手を掛けてゆっくりと梱包を解いた。

箱の中には……。


「……これは……。」


真っ先に目に入ったのは薄紅色の固まり。

枝振り良く開き始めの蕾の付いた、蒼い陶器の鉢に植えられた桜の木。
高さは箱ギリギリの80cmはあるだろうか。

呆気にとられた陸奥は思わず足元の鉢植えと傍らに立つ坂本の顔を交互に見比べる。
陸奥らしく無い其の表情にククッと殺した笑いが洩れ聞こえた。


「ええじゃろう?丁度良い時期に送ってくれる言うちょったが…ほんに咲く直前じゃあ。」


視線が合うと両の腰に手を当てて満足げに微笑む坂本。
送り主は地球の会社からだったから、多分通販か何かで頼んだのだろうと陸奥は推測した。


「花が咲いたらみんなで宴会するろー。」


坂本の言葉に視線を見事な桜に落とし…小さく陸奥が呟く。


「懐かしいのぅ……。桜の時期に地上に帰る事も無いき。」


頭のこういう所に…理想や思想や大儀だけで無く、皆が惹かれるのだと陸奥は心の中で舌を巻いた。
だが其れは敢えて口に出さずに。

小さく息を吐いてから何時もの表情に戻った陸奥が、不遜な調子で坂本に言葉を返す。


「じゃあ、花が咲く前に机の書類の束を片付けろや。」


低く言葉を告げると坂本の背後、机の上にある書類の束を指さした。
高さにすれば15cm程の束。
未だ未だ片付くには時間が掛かりそうだ。


陸奥の言葉に坂本は大きく其の場で伸びをしてから再び机に戻って行った。


「よーし、ほんならもう一踏ん張りしようかのう。」


明るい調子でそう言うと、ポスンと席に着く。
筆をとり書類の処理の続きを始める。
其の様子を見て安心した様にフッと息を吐くと、陸奥は鉢植えを部屋の中央へ置いた。

そしてクルリと踵を返し扉へと向かって歩いて行く。
ノブに手を掛けるともう一度振り返り、何時になく熱心に仕事をする坂本を見遣る。


「何時もあれ位ちゃんと仕事をしてくれりゃあ文句無いんじゃが。」


聞こえる様に嫌みを一つ残すと、ガタンと扉を開けて足早に部屋を出て行った。
数日後に開催されるであろう宴会の算段に頭を巡らせながら。


夜中に桜を見に行ってフッと思い付いて書いた小説です。
こんな遣り取りがあっても良いかなぁなんて。(^-^)

お祭り好きの辰馬ですから此の時期は地上に帰りたいんじゃないかなぁ。
時間があったら別の話も書きたいな。(^-^;