目覚めぬ夢の中



「銀時…。」


呼びかけられて目を覚ますと枕元に人影。
見れば何時もの紅い上着を着た辰馬が其処に立っていた。

ぽた…ぽた…。

寝ている間にひと雨来たのか…。
上着から足元の畳へと滴の落ちる音。


何だよ…。
濡れたまんまで入って来やがって。
後の掃除大変じゃねぇか。


そんな事を思いつつ眠い目を擦り奴を見上げる。

暗い室内。
上背があるせいもあって腰から上が良く見えない。

灯りが欲しくて電灯の紐を手探りで探すと辰馬が其れを制した。


「灯りば、ええき…其の儘で聞いとうせ。」


らしからぬ静かな口調。
無音の室内に只滴の音だけが鮮明に聞こえる。

言いたい事は山程あったが其の場の雰囲気に…俺は何となく口を噤んだ。


「……おんしに詫び様と思うて……。」


…すまん、銀時…と続けた辰馬が深々と頭を下げる。

何をいきなり。
ていうか名前普通に言ってるし。

訳が分からず奴の顔を見た俺は…思わず言葉に詰まった。

腰の辺りまで深々と頭を下げた事で先程迄見えなかった奴の表情が見えたから…。

何だよ此。

其の異様な出で立ちに思わず我が目を疑う。
真っ赤だった。


上着だけじゃなく…奴の顔も又深紅。


改めて奴の足元を見る。

…雨滴じゃない…。


此は……血。


ぐっしょりと濡れた上着から滴っていたのは血だったのだ。
恐らくは…辰馬自身の。

俺は慌てて起き上がろうとした。
だが身体が上手く動かない。

何だよ。
何で動かないんだ。

焦燥感に苛まれながら奴を見上げると悲しげな顔。


「すまん…銀時。わしは…。」


其処迄言うと瞼を伏せた。

違うだろ。
今は其れより医者に…。
動かぬ身体を無理に動かすと奴の腕を掴もうと手を伸ばした。


ばっ。


急に勢いがついた身体が前のめりになり、掴もうとした手が空を切る。


「辰馬っ!」


名前を呼びながら目の前に居る筈の辰馬を探した。
しかし…何処にも居ない。


「おいっ、辰馬っ!」


名を呼びながら慌てて飛び起き電灯の紐を引いてみる。

闇に慣れた目に灯りが眩しくて思わず目を眇めた。
先程辰馬が立っていた場所を見る。

だが…其処には誰も居ない。
居ない所か其の痕跡すらも無い。

あれ程したたり落ちていた血の跡すら見あたらない。


夢……だったのか…?


妙に生々しい情景を思い出し俺は無意識に額を腕で拭った。
酷い汗。


余程動揺してたんだな。

夢で良かったと思いつつ…内心モヤモヤとした不安が胸に募る。
改めて寝ようと布団の上に腰を下ろしたが何だか落ち着かず、俺は再び立ち上がると台所へと向かった。

一本だけ残っていたビールを手にソファの上に腰を下ろす。
プルタブに指を掛け其れを引くと、プシュッと景気の良い音がして飲み口に白い泡が盛り上がった。

零れぬ様に急いで口を付けると少し生ぬるいビールをグビグビと喉へ流し込む。
缶をテーブルの上に置いて口を拭うと大きく溜息を吐いた。

旨くねぇ……。

寝覚めの悪さからか折角のビールも何だか味気ない。


うんざりした気分で小さくゲップを吐くと不意に電話のベルが鳴った。
何だか胸騒ぎがして出る気になれず何コールか其の儘でいたが、尚も五月蠅く鳴るので仕方無く受話器に手を伸ばす。


「もしもし、万事屋ですが…。」


一応まともに答えた。
受話器を耳に当てながら時計を見れば…時刻は深夜の3時過ぎ。
お客である筈は無いんだが…。

受話器から聞こえたのは予想とは違ったが知った声だった。


「もしもし、万事屋か?俺だ…近藤だ。」


何だ辰馬じゃねぇのか…。
ホッとしながらも日頃掛かる筈の無い相手の電話に訝しく。


「何だよこんな時間に…。ストーカーの手伝いならゴメンだぜ。」


悪態の一つも吐いてみる。


「いや…そんな用事じゃねぇよ。その…なんだ…。」


俺の悪態に普通に返して来やがった。
しかも…なんだよ。
其の勿体ぶった口調はよ。


「言いたい事があんならさっさと言えよ。何時だと思ってんだ、ああっ?!」


苛々した俺は鋭い口調で問い詰める。

すると…今度は違う声がした。


「万事屋、ちょっと聞きてぇ事がある…。」


多串君かよ…何だよ其の偉そうな口調。

文句を言いたかったが取り敢えず面倒なんで黙って聞く事にした。


「何だよ。」


「坂本って男を知ってるか?」


………。
何で此処で其奴の名前が出て来るんだよ。
何か又事故でも起こしやがったのか?

先程の夢の事を想い出し胸騒ぎが過ぎったが、敢えて其れは口には出さず。


「坂本…頭もじゃもじゃの大男なら知ってるけど。其れがどうしたんだよ。」


俺の返答に「そうか。」と短く呟いた後、多串君は一瞬瞬黙った。
だが、又直ぐに口を開く。


「……其奴がさっき殺された。」


深呼吸する音の後に静かに告げられた言葉に今度は俺が固まる。

は?

言ってる事が出来ずに受話器を耳に当てた儘呆然とする。


「い…言ってる意味が……。」


乾いた口から辛うじて言葉を発すると、其れを制す様に多串が言葉を続けた。


「快援隊の坂本辰馬という男が、ターミナル付近で春雨に襲われて…さっき息を引き取っ…。」


「ちょ…待てっ。嘘だろ。そんな簡単に遣られる程アイツは弱くねぇ。そんな筈……。」


奴の言葉を遮る様に声を上げる。


そんな馬鹿な話はねぇ。
アイツは昔から強運で…しかも腕っ節も強くて。
そんな簡単に殺される様なタマじゃねぇ筈だよ。


「嘘だと思うなら大江戸病院に行けよ。快援隊の奴が迎えに来る迄遺体安置所に居る筈だ。
……信じる信じねぇはテメェの勝手だ。俺はちゃんと伝えたぞ。」


苦々しそうにそう告げると多串は其の儘電話を切った。
受話器を手にしたまま呆然と立つ俺。



其の耳元でツーッツーッという機械音だけが耳鳴りの様にずっと聞こえていた。




あはははは。
此って、龍馬とおりょうのエピソードだったりします。
斬られた時間に夢枕に立ったっていう…。

続きを書くかも知れません此の続き。
オチは……ふふふ。

badendかhappy endingかは…リクエストで変わるかも。