俺達に明日は無い +

「っつぅ…。」


濡れた手拭いで顔を拭いながら辰馬は思わず声を洩らした。



例の脱出劇から半日。
町へと戻った彼等は何時もの廃寺で傷の手当てをしていた。
重症の者達は部屋で横になっていて呼ばれた町医者が治療している。
軽傷の者はそれぞれに簡単な手当を施していて…。


辰馬は縁側で一人顔の血を拭っていた。
傍らには水を張った手桶。
そして軟膏付きのサラシ布。

場所が場所だけに出血は大きかったが其の割に大した事は無く。
長さは5cm程、深さは骨に達する迄に至ってない。


着物の袖で拭ってはいたが渇いた血が、未だ顔の左半分を所々紅く染めていて。
斬られた勢いで短くなった前髪の部分からは、口を開けた傷が鮮やかに覗いている。
固まった血を湿らせては、辰馬は丁寧に其れを拭き取っていた。

しかし、自分で自分の顔を見る事が出来ず所々に拭き残した血の跡が残る。




濡れ縁に腰を下ろし傷を拭く辰馬を柱の辺りから見るとは無しの様子で銀時が覗いていた。
自分から心配して行くのは何だか癪で。
辰馬が気付いたら何喰わぬ顔で声を掛けようと思い此の場に立った野だが…。

立ち尽くす事既に数十分。

いつもなら髪の色もあってか比較的直ぐに気付くのに、こんな時に限って辰馬は気付かない。
もっとも少々近眼気味な上、傷を拭うのに集中しているのだから仕方無い事なのだが。
待っている銀時からすれば苛々する事この上ない。

もたもたと傷を拭う辰馬の様子を見るに見かねると、銀時は柱の影からゆっくりと歩き出した。
偶然通りかかった振りをし辰馬に声を掛ける。


「何だぁ?ったく…テメェぶきっちょにも程があるってんだよ。ちょっと貸してみろ。」


辰馬が手にしていた濡れ手拭いを奪い取ると、わざと力を入れ乱雑に辰馬の顔を拭く。
待ってた間の仕返しも含めて。


「あーー、そがぁな事したら顔が擦り切れるちや。」


擦られ赤くなった目尻を押さえ苦笑いの辰馬が、銀時を見上げつつ冗談ごかしに言葉を発する。
其れを無視して銀時は尚も血の残る頬や額の端を手拭いで拭った。


「ったく…手間掛けさせるぜテメェって奴はよぅ。」


粗方血を拭った手拭いを辰馬にぽいっと投げ戻すと、ブツブツ口の中で未だ悪態を吐きながら
不機嫌そうな銀時が濡れ縁へドスンと勢い良く腰を下ろす。
上目遣いで見られる筈の無い自分の顔を見ている辰馬。
其の横に座った銀時は、置いてあった軟膏付きのサラシ布にを伸ばして。
油断しまくり野辰馬の額に、びたんっと勢い良く貼り付けた。


「おぁっ。」


辰馬が痛みに呻き声を上げる。
大袈裟に額の傷を庇いながら横に座る銀時を恨めしそうに見遣り。


「傷ば開いたらどうするんじゃあ。折角血ぃ拭いたのに又拭かにゃあならんろー。」


言ってサラシ布の上からゆるゆると傷を撫でた。
はんっと鼻で笑いながら辰馬の様子を見遣る銀時。
やがて其れが眉間に思いっ切り皺を寄せ半眼の表情に変わり。


「この口が、この口が毎度毎度嘘ばっかり吐きやがるのか?あぁ?!。」


辰馬の頬を摘み上げると、思いっ切りぐいーーーーーっと己の方へ引っ張った。


「あだだだだだた。痛い、マジで痛いき。許しとーせ銀時ぃーーー。」


引っ張られた勢いで身体を傾けた辰馬が、斜め下から見上げながら両手を拝む形にして懇願する。
其の戯けた調子につられて軽く噴き出すと、銀時は摘んだ指先からパッと力を抜いた。
勢い辰馬が銀時の方へと倒れ込む。


「誰が大丈夫だよ。俺が行かなかったらテメェ、あの場で天人に鱠斬りにされてっぞ。」


倒れた辰馬の頭を掌で押さえると、その顔に己の顔を近づけて銀時が低くドスの利いた声を発する。
耳元で迫力ある声を聞きながら、摘まれて薄紅に染まった頬を撫でさする辰馬。


「あぁ、あれは…まぁ…何じゃほら。」


何時もの困った様な笑顔を浮かべ、しどろもどろに言葉を返す。
しかし言葉は続かず。
僅かの沈黙。

言い訳考えるのを早々に諦めたのか其の後はアッハッハッと渇いた笑いを上げた。
辰馬の様子にわざと大きな溜息を返す銀時。


「あーあー、はいはい。テメェを信じた俺等がバカでした。バカに何言っても仕方無いのも忘れてました。」


そう言うと頭を押さえてた掌から力を抜いた。
あーあ…と再び溜息を吐くと、銀時は懐から襷程に細く切った古布を取り出し辰馬に突き出す。


「ヅラが晒し布の上に巻けってさ。」


古布を受け取りつつ、銀時の言葉を聞いて忘れてたぜよ…と照れた笑顔で呟いた。
包帯宜しくグルリと巻くと傷からずらして其れを結び、辰馬はハーッと安堵を含んだ溜息を吐く。


「わざわざ届けてくれてアリガトウな。」


にっこりと満面の笑みの辰馬に照れた様子の銀時は慌てて視線を泳がせ明後日の方向を向く。


「別にぃ…ヅラの野郎に頼まれて仕方無く来てやったんだよ、仕・方・無・く。」


言いながら……此処でハタと銀時の表情が変わった。
何やら思い出した様子で其の場からゆるゆると立ち上がる。


「あー、そうだそうだ。さっき良いモン見付けたんだったよなぁ。あー何処だっけ確かアレは…。」


誤魔化す様にブツブツと呟きながら辺りを見回し、先程隠れていた柱の方へと視線を向けた。
わざと其処に置いてきた「良いモノ」とやらに今気付いた振りをして銀時はゆっくりと歩き出す。

柱の所迄行くと少しだけ覗いている黒い其れを手に取り、小脇に抱えまたゆっくり辰馬の所へ戻ってきた。
真横迄来ると小脇のそれを両手に持ち替えグイッと辰馬の眼前に差し出す。
見れば其れは鎖房の付いた黒い鉢金頭巾。

差し出された其れを手に取ると辰馬は嬉しそうに満面の笑みで銀時を見上げた。


「これ…わしにくれるがか?」


純粋に嬉しそうな表情の辰馬に当てられ銀時は恥ずかしさに顔を顰める。
ムッツリとした顔でドスンと辰馬の横の濡れ縁へ腰を下ろすと、ああ…と低く短く答えを吐き出した。

手にした鉢金頭巾をじっくりと見回してから頭に被る辰馬。
其れを横目でチラリと見る銀時。
しかし目が合うと慌てて又視線を外し。


「テメェの爆発した天パにゃあ丁度良いだろ。………少々無茶しても安心だし……。」


最後の方は聞き取れぬ程の小声になりながら呟いた銀時は、照れ隠しの様に鉢金を被った辰馬の後頭部をど突いた。


「ああああああああ。」


押された勢いで辰馬がバランスを崩す。
あっと云う間に其の姿は濡れ縁下へと消えていき地面へとめり込んだ。


前のめりに濡れ縁から転げ落ちた辰馬の傷が鉢金の縁に当たって再びひらいたのは当然の事で……。




其の後心配で覗きに来た小太郎と高杉に銀時がこっぴどく怒られたのは言うまでも無い。



                                                                  end



オマケです。
ってか…此がこの話を書こうって思ったメインだったりして。(^-^;
そう、何で辰馬だけ鉢金頭巾なのか…。
そんな几帳面な感じでも無いのに。(いやボンボンなんで案外几帳面なのかもですが)

って事で捏造ですよ捏造。
妄想エピソード発動です。ヾ(@°▽°@)ノあはは
辰馬のおでこの生え際に傷跡なんかあったりしたら良い。
もっとも刃物でスッパリ切れた後なんてピーッって線引いた位でしょうけど。

縫った方が絶対早いのに何で縫わなかったかって突っ込みは無しで。(^-^;
きっと辰馬は面倒臭がりだから…って事にしといて下さい。(笑)