俺達に明日は無い(3)



「そろそろ、此方も出発しよう。」


外が騒がしくなって来たのを見計らい、小太郎が顰めた声で皆に呼びかけた。
一同は頷くと、ゆるゆると其の場から動き出す。
皆それぞれに怪我を負ってはいるが、より重症の者を軽微な者が肩を貸しゆっくりと船着き場へと向かった。


洞窟の奥は滝の後ろを抜け、其の儘川縁の船着き場へと繋がっている。
船着き場には三艘の船。
此で川を下り「い組」を拾って一気に町へと帰るのだ。




先ず銀時が先に出て周囲の気配を探る。
特に敵影は見付からない。
船着き場は滝の向こうという事もあり、どうやら敵からは死角になっている様だ。
少数だと敵が侮っているのかも知れない。

だとすれば、秘密裏に動く「ろ組」にとっては好都合だ。


銀時は小走りに先頭の船の所迄行くと、後方の仲間達に片手で合図を送った。
船に掛けてあった筵を剥ぐと仲間達を順番に乗せていく。


「…急げ。」


辰馬から預かった懐中時計を見ながら小太郎が静かに指示を出す。
そろそろ約束の30分。
三艘の船の最後尾が橋の所に到着する時間を考えると、そろそろ出発しなくてはならない。
しかし…川は橋の辺りで大きく湾曲し其の流れは随分と速度を増す。


「上手く合流出来ると良いんだが…。」


小太郎は其の事を少々危惧し、ポツリと呟きを洩らした。
其の様子に銀時が笑いながら小太郎の肩を叩く。


「心配すんなよ。彼奴等が少々の事でくたばると思うか?」


暗に高杉と辰馬の二人を示し銀時が茶化す様にそう言った。


「そうだな。」


銀時の言葉に微苦笑を浮かべるとパチンと懐中時計の蓋を閉じ小太郎は船に乗り込んでいった。
乗り込んだのは先頭の船。
銀時も其方へと乗り込む。
全員が乗り込んだのを確認すると船の上から再び筵を被せロープを解いた。


「行くぞ!」


小太郎の声に皆が息を潜め、筵の隙間から周囲を窺いながら川を下っていく。
辺りは鬱蒼とした森。
此の儘無事に合流地点迄行く事を皆は只ひたすらに願っていた。





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攻め寄る天人を掻き分ける様に「い組」は先を急ぐ。
思ったよりも寄せ手が多く思う様に先に進めない。

もう少し…。
もう少し進めば橋が見える筈なのだが…。
森の中を進むメンバーは時間の経過が解らぬ分、疲れも色濃く…やや浮き足立ち始めた。

其れを察し高杉が声を上げる。


「死にたく無かったら迷わず進め!」


其の声に叱咤される様に皆、先へと進んで行った。
斬れなくなった刀を捨て倒れた敵から獲物を奪いながら…。

流石に度々斬り結べば刀は使い物にならなくなる。
上手く斬れば其の分だけ長くは使えるが刀も戦場では所詮消耗品。

人を斬れば刃零れもする。
刀身も曲がる。
やがて血糊の油がまわり斬れも悪くなる。


高杉も辰馬も敵の武器を奪いながら先へと進んでいた。
薄暗い森の中。
辺りに気を配ると…仲間のうち一人の姿が見えない。

遅れているのか。

辰馬は其の場で振り返り背後の闇に目を凝らす。
数メートル後方、木々の中に僅かに射す灯りの中に人影。
幾人かの天人に囲まれている様だ。
思わず辰馬が其方に駆け出す。

が…高杉が其れを制した。


「言った筈だ。何があっても進めと。」


低く冷静な声。
だが、辰馬は其の儘取り残された仲間の所へと走った。


寄せ手が来る。
高杉も悠長に辰馬に構ってはいられない。
向かう敵に集中すると仲間と共に刃を振るい先へと進んでいった。

仲間の元へと駆け込んだ辰馬は囲む敵を薙ぐ。
一人二人と斬り捨てると幾つか傷を負った仲間が刀を構えて立っていた。


「もう大丈夫じゃ。早く仲間の所ばあ行くぜよ。」


言うと自分の直ぐ背後に仲間を連れて先へと進む。
行けば行く程に敵が増えていく。
だが…もうかなりの数を倒した筈だ。


前方に高杉達が見える。
森の向こうが明るい。
後何十メートルか先に合流場所があるのだろう。



辰馬と其の仲間は、何とか高杉の側迄は辿り着いた。
しかし思う様に其れ以上前には進まない。
流石に此だけの時間の戦闘。
疲労の為か傷を負ったか戦闘不能に近い者も出始めた。


時間的にそろそろ船が此方へ来る筈だ。

辰馬は決意を固めた……。


「高杉ぃ、わしが此処で敵を惹き付けちゅう間に橋迄行け。」


間近の高杉へと耳打ちする。
辰馬の発言に高杉は眉根を寄せ、あからさまに渋い顔をして見せた。


「貴様は…どうするつもりだ。」


背を合わせる様にした体勢で高杉が問い掛ける。
すると、辰馬はニヤリと笑いながら刃を構えて……。


「ちゃんと後からそっちに行くきぃ。」


言って高杉から離れると敵の中へと躍り出ていった。
手強い相手と見て敵も必然其方へ集中して行く。

殺到する天人の黒い塊の中で辰馬の居合いの声が大きく響いた。

ふっと苦笑いを浮かべると高杉は小さく呟く。


「こうなるんじゃ無いかと思っては居たが…な。」


呟きながらも次々襲い来る敵を薙ぎ、周囲の仲間へと指示を出す。


「一斉に抜けるぞっ。」


言うと辰馬が寄せた敵の横を擦り抜ける様にして、高杉が敵を倒しながら駆けていく。
仲間も高杉を追う様にして其の場を抜け一気に橋の方へと駆けて行った。


森の先に抜けていく仲間を見送り辰馬はホッとした様な表情を浮かべる。

此で何とかなりそうじゃ…。

そう思い息を吐いた瞬間。

………僅かな隙が出来た。


左手から敵が振り下ろした斧が辰馬を掠める。
気付くのが遅れた…。
髪が散り額がカッと熱くなる。


……斬られた。


辰馬がそう思った時には生暖かい物が額からダラダラと流れた。
振り向き様に斬りつけた相手を薙ぎ払う。

しかし…流れる血が目に入り視界を奪う。


不味い。


辰馬は背後の老木を背に刃を身構える。
周囲には結構な数の天人。
状況は最悪だ。


「こりゃあ…楽に抜けさせて貰えそうに無いのぅ。」


にやりと笑いながら流れる血をぺろりと舐めた。
口の中に鉄錆の味が広がる。

じりじりと間を詰める敵へと刃の切っ先を向け辰馬はタイミングを計る。
血の流れる左目を薄く開けるが視界に紅い幕が掛かり……やはり見えにくい。

死角…か。
此方から打ち込まれれば反応が遅れる。
緊張でうっすらと汗が滲んだ。



やっとこさ此処迄。
本当は辰馬にあんまり敵は斬らせたくなかったんだけど…。

状況的には避けられない感じになっちゃいまして…。_| ̄|○
メッチャ斬りまくってます。

戦は嫌いなんだけど、斬るのは嫌いなんだけど…。
でも…何処か危機的状況を愉しむ様な所がありそうな。
攘夷メンバーってそういう感じがするんですよね。