俺達に明日は無い(1)


「先ずは…どうやって奴らを制し帰還するか、だ。」

苦虫を潰した様な顔で小太郎がポツリと零した。
視線の先は地面に広げられた一枚の地図。
此の辺りの地形を簡単に示した物だ。
それを囲む様にして高杉・小太郎・銀時・坂本の4人は車座に座って居た。

「斬れるだけ斬れば良いだけの話だろう。そうすりゃ帰還も出来る。」

不機嫌そうな顔の高杉が小太郎の言葉に答える形で口を開く。
片膝を立てて其の上に顎を載せ少し投げやりな口調。

「怪我をしている者はどうする?!捨て置くつもりかっ!!」

高杉の言葉に小太郎が気色ばむ。
生真面目なタイプ故にこういう場での言葉を一々真面目に捉えてしまう。
小太郎の横で胡座を掻いて座っている銀時がその様子に口を挟む。

「まぁ…そう言ってしまいたくもなるだろ。今の状況じゃさ。」


本当にそんな気持ちになるのも解らないでは無くない。

当初この作戦には2000人規模の志士が参加していた。
此処から10km程先にある天人の砦。
其処のには1000人程の天人。
数の利は此方にある。
そして侍の魂を持ってすれば必ず勝てるなどという精神論。

正直高杉達などは勝算など殆ど無いと踏んでいた。
「根性だけで勝てる程世の中上手く出来てねぇんだよ。」
そんなぼやきが洩れる。

が、所詮は確たる地位の無い若い志士。
匆々意見が採り入れられる訳も無く………。


案の定戦端が開けば状況は志士達に不利な事ばかりで。
幾ら彼等や実力のある者達が奮戦し其の場を死守しようとしても戦況が覆る事は無く。
あっという間の敗走。
気付けば一部の仲間を連れて退くのが精一杯という状態だった。
共に戦っていた仲間も散り散りになり、高杉達と共に居るのは手傷を負っている者を含めて二十数人という有様。
しかも天人達はというと半数も減っておらず。



「他の奴らは逃げ切ったがかの。」

横で皆の遣り取りを聞いていた坂本がポツリと洩らした。

「さぁな。運の良い奴は助かってるだろ。」

高杉は横にいる坂本に視線をちらりと向けるとそう返した。
実際あの状況で他のグループがどうなったかなど確認する余裕は無かった。
自分達の側の仲間を守るのが精一杯。
言ってる高杉や他の3人のメンバーも多少の傷は無きにしも非ずだったし。

投げやりな風に茶々を入れる高杉。
高杉の言葉に一々食い付いては説教をする小太郎。
まーた始まったと言わんばかりり放置を決め込む銀時。
まぁまぁと笑いながら二人を宥める坂本。

各自真剣に今の状況を憂いてはいたが…。
下らない言い合いでもしてないと気が紛れないのも事実だった。







やっと落ち着くと小太郎が咳払いを一つ。
コホン。

「で、最初に戻るが…どうやって此処を出る。」

地面に広げた地図には此の辺りの地形が簡略的に描かれている。
現在彼等が入る場所は滝の側にある洞窟。
広さはそこそこだが奥行きは余り無く、元々志士達の野営地の様に使われていた。
滝の側というからには背後というか、その周辺は絶壁になっており。
滝からの水は川となって流れている。
滝自体が上の湖から流れてるもので、結構な水量が有り川幅は4mといった所。

「川が使えりゃ早いんだがな。」

地図を見ながら高杉は顎に手を当てポツリと呟く。
確かにそれはそうなのだ。
川を下ればあっと云う間に町迄行ける。
其処迄行けば本隊は直ぐ近く。
一応危機を脱する事が出来る。

「でも、それでは狙ってくれという様なものだろう。」

小太郎がまた突っ込む。
それはそれでまた事実。
天人の武器を考えれば、川縁から狙撃されればひとたまりもない。

「人の意見片っ端から潰しやがって。だったら自分も意見を出してみやがれっ。」

また高杉と小太郎のバトルが勃発しそうな雰囲気に銀時が小さく溜息を吐く。
人間っていうのは何でこう行き詰まると小さな事で揉めるのか。
もっとも彼等の場合は気分転換というか、ちょっとしたウォーミングアップの様な物だったが。

そんな様子を後目に坂本が地図を見ながら意見を述べる。

「この道真っ直ぐ突っ切りゃええんじゃないがか?」


それはこの洞窟から街道に伸びる一本道。
左は断崖、右は林の向こうに川。
断崖からの狙撃や林に潜伏されての襲撃を受けやすい非常に危険なルート。

「馬鹿かーーーっ。」

間髪入れずに側にいた銀時と小太郎が其の頭をどつた。
ゴンッと激しい音を立て坂本の顔が地面にめり込む。

「馬鹿じゃねぇの馬鹿じゃ、此処通ったら狙い撃ちだろうがよっ。」

「そこを通れたら悩んだりせぬわぁ。これだから貴様という奴は馬鹿だと言うんだっ。」


銀時と小太郎の怒鳴り声。
余りの勢いに地面に顔をめり込ませ、ヒクヒクとなった坂本。

しかし驚異的な回復力で。
僅かの間の後ゆっくりと其の場で起き上がり。
毎度の事だけに本人も周囲も大して気にする風も無く。

「あたた…いきなり、そがぁ言いなや。」

苦笑いの坂本の顔には擦り傷や内出血。
鼻からは一筋鼻血が垂れている。
その鼻血を手の甲でグイっと拭いながら坂本は先を続ける。

「でも、その先川と合流するじゃろ?」

言って、滝から1km程の場所を指さす。
確かに川と道が交差している。
と、何かに気付いたのか高杉が滝の横を指で示し。

「つまり…川を下るルートと正面のルート。二手に分かれろって事か。…船好きが考えそうな事だ。」

そう言って視線だけを坂本達の方に上げニヤリと笑みを浮かべた。



今回の脱出作戦はこうだ。
先ず体力のある「い組」が正面のルートに出る。
宵闇に紛れ周囲の敵を最大限倒し、その上で敵の注意も惹き付ける。
ある程度「い組」が敵の注意を惹き付けた所で洞窟から滝の裏ルートを通り川岸に「ろ組」が出る。
怪我人中心の組なので敵に気付かれぬ様に川岸の船を使って移動する。
1km先の橋の所で各組が合流し、其の儘流れに乗って一気に下流へと下る。
合流ポイントは橋。

しかしこの作戦には大きな穴がある。

「なぁ…いの方に負担が大きすぎねぇか?」

作戦の概略を黙って聞いていた銀時が問い掛ける。
確かに…この危険性は高杉・小太郎も思っていた。

先ず、陽動というだけで「い組」負担は大きい。
其れでなくても危険の多いルートなのだ。
当然狙い打ちしてくれといわんばかりの状況に陥りやすい。

もう一つは合流の難しさ。
時間差をつけて下ってくる「ろ組」の船に橋から飛び乗る。
しかし、一発勝負な上に船の通過時間は曖昧。
もし戦闘に時間が掛かれば合流に間に合わないかも知れない。

当然陽動してるのだから間に合わなければ敵に囲まれてしまう。


「危険過ぎやしないか?」

小太郎が胸の前に腕を組んでそう問い掛けた。

「だが……他に有効な手はあるか?」

目を細めて高杉が問い返す。

「まぁ、此処に何時迄籠もってても仕方ねぇし…。」

怪我人の事を思い銀時も納得した様だ。

「馬鹿も偶には良い事いうな。て、馬鹿だから人の考えねぇ事考えやがる。」

そう言うと3人は各々笑いながらグシャグシャと坂本の頭を激しく撫でた。



「で、どういう編成で行くんだよ。」

坂本の頭に手を掛けた儘、銀時が問い掛ける。
すると銀時に頭を押さえられた坂本が片手を大きく挙げた。

「わし、い組希望ーーー。」

ドカァッ。
銀時は坂本の頭に載せた掌に全体重を掛けた。
再び坂本の顔が地面に沈み、挙げた掌は何かを掴む様にひくついている。

「お前なぁ…考え無しに発言すんなよっ。」

銀時は、やや怒った口調でそう言うと坂本が起き上がらない様に更に力を込めた。
が、逸れに逆らう様に坂本が身体を起こす。
半身程に頭を浮かす坂本。
その顔は先程より青痣が増え、鼻だけでなく口元からも血が洩れている。

「やぁ、その役ばぁわしが一番適任じゃきぃ。こがぁ丈夫はわし位じゃろ?」

満面の笑みを浮かべて坂本が言った。
口から鼻からタラリと血を流した状態では不気味意外の何者でも無かったが。
しかし…その姿に緊迫した空気が少し緩む。

多分自分が其の役を勝って出るつもりで言ったのだろうとは皆にも解ってはいた。
実際今迄坂本はそういう役回りが多かったし、先陣切って前線に出る事が多かった。
其れは意図した物では無く坂本の戦う時の癖というか…。
…だが其れは坂本だけで無く銀時も同様で、二人はそういう所がとても似ていた。
打たれ強く体力もあるからこその無茶。
戦況を変え士気を上げるという意味においても此の二人は確かに適役だった。

「じゃ、俺でも文句無いだ…。」

言い掛けた銀時を坂本が静かに制す。
穏やかな笑みの表情だが視線は真っ直ぐに。
こういう時の坂本は頑として折れない事を銀時達は知っている。
はぁ…と溜息を吐くと銀時は坂本の頭に置いた手を離した。

坂本は身を起こすと口と鼻から流れた血を手の甲で拭い満面の笑顔を向ける。

「此で決まりじゃあ。わしにドーンと任せとうせ。」

言うと自分の胸を拳で叩きながら胸を張った。


これ、続きます。一応もう終わり近く迄出来てるんですが…。
清書作業がね…。文才が無いものですから…。_| ̄|○

何か攘夷戦争中ってこんな感じだったのかな…みたいな。
結構な死地をくぐり抜けて来てると思うのですよ。
でも、ちゃんと生還する術を持ってるというか。
三人寄れば文殊の知恵。4人寄ったらもっと良し。(笑)

ていうか…勝手にキャラを想像しちゃってますが…。
あくまで私のイメージですので怒ったりしないでね。(^-^;