再会(4)


宙には満天の星。
月の無い夜空は其れこそ宝石箱をひっくり返した様に星々が煌めいて。
今日の負け戦が嘘じゃないかと思える位静かな夜。



其の日わし等はこっぴどく負けて戦線を後退。
廃墟の寺で一夜を過ごしていた。
みんな疲れ切っとって言葉も無い。
此の所こんな状態がずっと続いていて、遣り場のない思いに沈んでばかりじゃ。

こがな時は宙の近くに居とうて…ついぞ屋根に登ってしまう。
何が起ころうと宙は変わらん。
此の宙みたいになれたらと…わしは思う。

ふと気が付くと銀時も屋根の上に来ちょった。


あいとも高い所が好きで…わし等は何時もヅラや高杉に馬鹿じゃ馬鹿じゃと言われちょる。
でも、それでもわしは此処が大好きで。
その大好きな場所に銀時がおって、一緒に宙を見るんが何時も嬉しかった。







別働隊のヅラや高杉達が無事に引き上げてると知らせが来たのは夜半過ぎ。
屋根の上にも知らせが届いて、わし等はホッと胸を撫で下ろした。


何度こんな思いをしたじゃろう。
……正直もうこんな思いはしとうない。
何時も何時も思うておった事じゃ。


わしは傍らに居る銀時に思いの丈を口にした。


「決めた、わしゃ宙にいくぜよ。」




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話は一ヶ月程前に遡る。
わし等が寝泊まりする廃寺に一通の文が来た。


宛先は坂本辰馬…そう、わし宛の文。
送り主は郷里の姉ちゃん。

親父様が亡くなったという知らせじゃった。

文には何度も連絡を取ろうとしたが出した文が悉く手元に戻って来たとあり、
居場所が分かった時にはもう親父様は亡くなってしまった後だったと書かれてあった。

生憎とその頃は戦況が芳しくなく、わし等は根城を点々としていて…文を受け取れる状態には無かった。
実際此の文も随分と遅れた様で…見れば半月以上のも前の日付じゃった。
もっとも…其の段階で知らせが来た所で、わしゃ帰れる状態じゃあ無かったんじゃが…。



誰も居ない部屋の窓際。
何度も何度も目を通した其の文を閉じ、わしは黙って空を見上げた。
解っていた事じゃ。
郷里においそれと帰れん事位。
家族の死に目に会えん事なんぞ解っていた事じゃ。

末尾には「今後の事もあるので家に戻って欲しい」と書かれてある。
きっと其れは家業の事じゃろう。
親族一同が慌てているんが目に浮かぶ様じゃ。
姉ちゃんも大変なんじゃろう。

そう思うと胸が痛んだ。
したが…今の現状で此処を離れる訳には…仲間を置いて逃げ出す様な真似はわしには出来ん。
再び大きな溜息を吐くと手元に視線を落として、閉じた文を懐に仕舞った。


ふと障子の開く音。
見れば銀時が入って来た。
何時も通り少し眠そうな顔。
戦場に居る時の表情とは全く違う穏やかな表情。


「よう。何深刻そうな顔してんだ。」


言って傍らに来るとパーンッと軽快に頭を叩いた。
頭がクラクラする。


「いきなり何しゆう〜。」


叩かれた頭を撫でながら苦笑いで言葉を返す。
何時もの遣り取り。
何だか嬉しゅうて…ちくっと言葉に詰まった。

不意に銀時が身を屈め、わしの顔を間近に覗き込む。


「どうしたんだよ…其の顔。」


銀時に言われて自分の頬を撫でてみた。
あ…ありゃ?
何か濡れちょる。

自分でも気ぃが付かんうちに涙が…。

解った途端関を切った様に涙が零れてきよった。
止めようと思っても止まらん。
わしはどうして良いか解らずに笑い出してしもうた。


あ…あはっ…あっはっはっはっはっはっ…。


力無い笑い声が部屋の中に空しく木霊しゆう。


と、頭の後ろに手のひらの感触。
其の儘グイッと寄せられて、わしは銀時の肩に顔をぶつけた。
暖かい感触。
里の姉ちゃんを思い出す。

懐かしい…。


と、此処でハッと気が付いた。
銀時に対して姉ちゃんみたいじゃなんて…。


そう思ったら急に恥ずかしゅうなって、銀時を思いっ切り両腕で押しのけた。
赤い顔を見られんように下を向く。
すると銀時の軽快な笑い声がして背中をパンッと叩かれた。



「別に変な意味じゃねぇのに、大袈裟なのな辰馬は。」


そう言うと片手をヒラヒラとさせながら障子を開けて部屋から出ようとする銀時。
戸を閉める直前に一言言葉を残して。


「まぁ…話したい事があったら何時でも聞いてやるからよぉ。」


銀時の言葉にわしは慌てて立ち上がり着物の裾を引っ張った。
思いっ切り引っ張ったんか銀時が後ろ向きに仰け反る。


「何すんだいきなりっ。馬鹿か!!テメェ馬鹿だろ!!」


転け掛けた銀時が怒って頭を三度叩いた。
たははっと苦笑いで返すとデンッと座った銀時の顔が間近にくる。
うわぁ…何じゃ。
また緊張して来た。

思わず目が泳ぐ。

と、銀時が手を伸ばして来て……。


「あだだだだだだっ。」


わしは思わず大きな声を上げた。
鼻…鼻思いっ切り摘みよった。

…咄嗟に両掌で鼻を押さえる。

ジンジンとした痺れとツーンと鼻を抜ける感じに自然涙が滲む。
今鏡で見たらば、わしの鼻はピエロみたいに真っ赤やき。
鼻を押さえたままで上目遣いに銀時を睨む。


ぶふっ。


わしの顔を見て銀時が吹き出した。
相変わらず悪戯の好きな奴ぜよ。

お陰で肩の力が抜けたちや。

大きく溜息を吐いてから…わしは手紙の話を銀時にした。




一頻り黙って聞いちょった銀時が口を開く。


「帰ればいいじゃん。」


サラリとした口調。
わしは其の返答に目を丸くした。


「…こがな大変な時に…わしだけ抜ける様な事ぁ…。」


思わず口をつく。
そんな簡単に結論出せんき、悩んじょるんじゃ。
動揺するわしに、銀時は更に続ける。


「テメェ戦さ嫌いって言ってたじゃねぇか。其れに…家の事情ならみんなも納得するだろうし。」


……本当に…そうじゃろうか…?
正直銀時を含め帰る家も無いもんも多い。
あった所で帰れん覚悟を決めて来ているもんの中で…わしだけが帰って本当にえいがか?





実はもう…随分前からこの戦は負け戦じゃと思うちょった。
時代の流れに逆行しちょる。
抗えん程に日本は変わり始めちょる。

力で対抗しようにも天人の力は強大で…わしらは疲弊して行くばかりじゃ。
仲間も次々と失うていく。
こんな戦いに意味があるんじゃろうかと…戦況が悪化する毎にわしは思うちょった。


したが…此の話を周りにしようもんなら、腑抜けじゃとか裏切り者じゃとか言われるばかりで誰一人耳を貸そうとせん。



そんな中で…確かに今まで銀時だけは、否定する訳で無くわしの話に耳を傾けてくれた。
商いで未来を変えたいっちゅー話を聞いてくれた。




そんな銀時の「帰ればいい」の言葉は…わしの心の中に小さな灯りを点してくれた。




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二人で見上げた屋根の上。
広がる星空。

わしは銀時の顔を見ずに言葉を続けた。


「このまま地べたはいずり回って天人と戦ったところで、先は見えちょる。
わしらがこうしちょる間にも天人はじゃんじゃん地球に来ちょるきに、押しよせる時代の波にはさからえんぜよ。」


いつも銀時に語っていた事を…一生懸命熱く喋った。


「宇宙にデカい船浮かべて星ごとすくいあげる漁をするんじゃ。」


そう言った後…わしはずっと思っていた言葉を口に出した。


「どうじゃ銀時?おんしゃこの狭か星にとじこめておくには勿体ないデカか男じゃけーわしと一緒に…。」



一世一代の大告白じゃった。
内心ドキドキしながら思い切って問い掛けたわしが見たのは…………。


イビキをかいて寝ちょる銀時の寝顔。



ちょっ……わしがどんだけ考えてこの告白をしたと思っちょるんじゃ。

ちゅーか…本気で寝とるんじゃろうか、其れとも……。



わしは一瞬過ぎった其の不安を慌てて打ち消した。


「アッハッハッハッハッハッー天よォ!!コイツに隕石ば叩き落としてくださーい。アッハッハッハッ。」


豪気に寝ちょる銀時を横に、わしは笑いながら大声で天に叫んでいた。






あの日からは…結構具体的な話もしちょって。
このまま二人で夢を追いかけられたら…ずっとそう思っちょったんじゃ。


「俺も行ってみたいよなぁ。美味いもん一杯喰わして貰える?三食昼寝付きなら喜んで行くのに。」


銀時が気を利かせて言ってくれた其の言葉。

それを自分の都合のえい様に勘違いしちょった、と気付いたのは………其れから少し後の事じゃった。


久しぶりに続きを書きました。
ていうか、後二話分既に出来上がってたりして。
でも、未だちょっと修正したい部分があるので。
取り敢えず今回はこれだけで。(^-^;

てか相当捏造部分が入ってます。

ここら辺から銀ちゃんと辰馬の関係性の元になるというか。
(あくまで私の妄想とか捏造的に)